お経の名前

朝からお墓参りに行ってきた。祖母にお経の本を借りたくてお経の名前が出てこず「いっしんちょうらい貸して」と言ってしまった。母に話すと大笑い。歌だって題名忘れてサビのところを言うときあるでしょ?そんな感じ?
帰宅して日記に書くのに、その「いっしんちょうらい」の字が思い出せない。それどころかさっき見たばかりなのにお経の名前も思い出せない。仕方なく検索。

いっしんちょうらい

世の中には親切な方がたくさんいらっしゃる。お経の句にふりがなをつけてアップしてくださっているところがいくつかあった。それどころか意味まで載っている。
お経の名前は舎利礼文(しゃりらいもん)。そうそう、唱える前に必ず言うぢゃないか。うちではお墓参りの時には唱えている。これを三回繰り返す。本来はお釈迦様の遺骨を拝むときの句みたいだけれど、うちの地区ではお墓参りの時は必ず唱えてるし、曹洞宗のお経集?みたいなものにも必ず載っている。どうやら曹洞宗の開祖の道元禅師が亡くなった時に読まれたからみたい。ちなみに、いっしんちょうらい一心頂礼と書く。

検索結果でてきたページを色々拝見していても、禅宗とか真言宗とかの一部の宗派でしか読まれないようだ。多分色々な解釈の仕方もあるだろうから、この訳が正しいっていうのは無いだろうけれど、真言宗のお寺、法恩院さんのページやさしいお経入門ばっくなんばぁあ~9の真ん中あたりに色々と解説があってわかりやすいと思った。
臨済宗久昌寺さんの法話ページの為我現身(いーがーげんしん。これも舎利礼文の中の一部)のお話も興味深かった。

私の通っていた高校は仏教高で(曹洞宗ではない)、いつも行事では嘆仏偈(たんぶつげ。これも思い出せなくて検索した)という和賛を読んでいたけれど、それには四句の下に意味が書いてあって意味を考えながら唱えることができた。一般人向けのお経の本にも簡単な訳がついていたらうれしいんだけれどなぁ。

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「第」の訓読み

職場にて。
次第の「第」の字を聞かれて「ダイですよ」と思わず答えてしまった。笑われた後で「タケカンムリに・・・」と説明しなおした。
それはそれでよかったのだけれど、そういえば「第」の訓読みって何て言うんだろう、という話になって二人で悩んでいたら、年配の人に「そんな字も読めないのか?ダイって読むんだよ」といわれてしまった。「それは音読みです。今は訓読みで何て読むのかって話てるんです」とかえすと頭に???がとんでいたうえに「だからダイって読むんだよ」とさらにバカにされた。あなた音読みと訓読みの違いも知らないのですか?それこそ信じられませんよ。

ま、字がわからないときに一番手っ取り早いのがIMEパッド。手書きで書いて「第」の字を出してみると「ダイ」「テイ」という音のほかに「やしき」という訓が出てきた。
やしきって・・・
屋敷の意味ではないだろうし、どういうところで、どんな使い方をするんだろう。

そこで検索

第 やしき

それらしいものが出てこない。「第」はだいたい「第1・第2」とかいう使われ方をしている。

第 やしき 訓
第 やしき 訓読み

などとしても同じこと。抽出件数が減っただけ。

読みとして「第」に「やしき」とついているものはあるが、どういう使い方をするかは全くわからない。

どなたか教えてくださいとお願いするしかないです・・・
お願いします。

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清石

初詣の帰り、ういろう屋さんによった。もちろん期間限定のういろうを買うため。新春定番の迎春ういろうはもちろんなのだが、見たことのないういろうが・・・清石ういろう・・・きよいし?せいせき?きよし?・・・たぶん伊勢神宮にちなんだ名前なんだろうけれど・・・とりあえず買ってみた。
読み方は「きよいし」が正解。あまり売れていないらしい。見た目が地味だからか?でも私は迎春ういろうより、こっちの清石ういろうの方がおいしいと思った。

早速ういろう屋さんのホームページを検索

とらや ういろう

知らなかった。虎屋さんのホームページあるんだ。今まで食べたことのあるういろうの説明もある。もちろん迎春ういろうについても説明があった。

ならば
清石 伊勢神宮

すると「お伊勢さん 朔日まいり道中」という伊勢志摩ツアーズという会社のツアーの内容が出てきた。月末の午後に伊勢市駅に集合して、みそか寄席を楽しんで、翌日に朔日まいりをして、午前中におかげ横丁で解散するという簡単なもの。それまでは自由なので個人旅行や家族旅行で伊勢志摩に来たとき、オプション的に申し込むのもよさそう。もちろん地元の人でも楽しめそうなツアーだ。
そこに「朔日ういろうくもれなくプレゼント」という事で疑問のきっかけになったういろうが、伊勢の清石という名で載っていた。黒米・黒豆・黒胡麻・黒松の実・黒花梨と5つの黒が入っているようだ。

ならば、
清石 白石

ホームタウン・ホームページの近畿地方→三重県→伊勢市とたどっていくと、伊勢神宮のことのわかる神宮辞典というページに行くことができる(このページは今後も使えそう)。そこにずばり、お白石・清石の説明があった。これが一番わかりやすいかな?

他はほとんど名前。そういえば知人に清石で「きよし」という名前の人がいた。かわった名前だなぁと思っていたけれど、清石にちなんでつけられたのかもしれないなぁ。

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角野栄子さん

魔女の宅急便の検索中で気になったので一応・・・
原作者は角野栄子さん。
どこかで聞いたことのある名前・・・有名な作家さんらしいし・・・。

魔女の宅急便
検索結果にamazoneの角野栄子さんの作品がでてきた。
ついでなので出版物を見ていって納得。
小学校の頃に劇でやった「おばけのソッチぞびぞびぞー」という本の作者だった。
おばけのソッチぞびぞびぞー
角野栄子の小さなおばけシリーズということで、何冊もでている。
おばけのソッチ1年生のまきおばけのソッチねこちゃんのまきおばけのアッチのおばけカレー

もちろん魔女の宅急便でも何冊も出しておられる。
魔女の宅急便魔女の宅急便(その2)魔女の宅急便(その3)魔女の宅急便(その4)
挿絵のキキは映画のものと違う。これも最初に映画を見るか、本を見るかで違ってくるんだろうなぁ。

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藪柑子

和菓子屋さんにて(食べ物ばかりですみません)、藪柑子(やぶこうじ)と名のつくお菓子があった。赤い実のついた植物であることは見た目でわかるのだが、よく聞くなまえだけれど、どんな植物かわからなかった。
そこで検索

藪柑子

だいたい植物に関しては、趣味で育てていらっしゃる方や、写真を撮られる方が多いので、検索しやすい。
藪に生えている柑子(みかん)という意味らしい。葉っぱがミカンに似ているからだそうだ。
別名は十両(じゅうりょう)。庭木によくある千両万両の万両もヤブコウジ科の植物らしい。

三浦半島の野草というページに写真と詳しい説明があった。

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亥の子餅

11月になると亥の子餅が和菓子屋さんに並ぶ。
茶道の炉開きのときに亥の子餅を食べるとか聞いたような気もするけれどどうなんだろう。
そこで検索

亥の子餅

早速いいページがでてきた。
日本全国おふくろの味 食の暦
こちらに亥の子餅のいわれが詳しく説明されていた。

本来、炉開きは旧暦10月の亥の日にするものらしい。だから今では11月なわけね。
なぜ亥の日かというと、亥が五行の水にあたるので、火難を逃れるという信仰があったようだ。よって暖房器具も、亥の月である旧暦10月の亥の日から使い始めたらしい。私も来年はそうしよう・・・

で、亥の子餅はもともと中国からつたわったものらしい。
和菓子の事を載せたページにいろいろでてくる。そのほとんどが次のような事を書いてある。
亥の月・亥の日・亥の時間に新米で作った餅を、猪の多産にあやかって子孫繁栄を願いながら食べる。中国では大豆、小豆、大角豆、胡麻、栗、柿、糖の7種類を入れた餅だったものだった。それが日本ではいのししの形になったり、5種類の穀物で作ったり、黒(胡麻)、赤(小豆)、黄(粟・黍) の三色の穀物で作ったり、ぼた餅(牡丹→猪の肉もボタンという)になったりと変化していったそうだ。
江戸時代の宮中では亥の月の3回の亥の日にそれぞれ違う方法で下されたらしい。

いずれにしても、亥の子餅。おいしければいいのよ。

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タイケの旧友

今、ブラスバンドで「旧友」という曲をやっている。小学校の文化祭などで演奏するので小学生にもわかるマーチという事で選んでもらったそうなのだが、そんなに有名かなぁと疑問をもってしまった。
ところで、旧友っていうけど、どんな理由でこの曲名がついたんだろう。素朴な疑問。
そこで検索。

タイケ 旧友 について

ちなみにタイケというのは旧友を作曲した人の名前。
検索結果はほとんど、演奏曲目みたいなものだ。
そのほかには「旧友」という曲が最初はみとめられていなかった事や、タイケが25歳くらいの若いときに作曲したものだということなどが出てくる。
「旧友」も同じ楽団の仲間たちを指すようだ。

その中でちょっと気になるものを発見。
やっぱり演奏曲目でヒットしたのだが、全校生徒で演奏に取り組んで、毎年CBCこども音楽コンクールに出ているという小学校のホームページ。よく見ると少人数の学校のようだ。
そこにはコンクールでの演奏が映像とともに聞けるようになっていた。

その演奏を聴いて感動。こちらの学校は鍵盤楽器での合奏なのだが、小学生と言えどちゃんと曲になっている。小さい子から大きい子まで、それぞれ役割分担がされていて「みんなで演奏」という感じがする。ちょっと感動してしまった。

この日曜も旧友を演奏するけれど、昨日の演奏とは違った気持ちで演奏できそうだ。

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芋名月の芋とは

先日買った饅頭を食べるのを忘れていたことに気がついた。里芋の形をした饅頭だったのだが、そういえば買った日は中秋の名月の日だった。その時はなんとも思わなかったのだけれど、そういえば中秋の名月って本来里芋をお供えするって聞いたことがある。でも後の月見が栗名月って言われるせいか、中秋の名月はサツマイモって思う人が多いんだよね。色も黄色いし。私も里芋って知ってるくせにサツマイモをイメージすることが多い。

でも念のために検索。

里芋 芋名月

出てくるものはどれを見てもだいたいよく似た説明だ。月見にお供えするのは里芋で間違いない。

大阪市立博物館なにわの科学史のページに詳しく説明がある。

そういえば家の畑の里芋ももう収穫せねば。
本来は里芋の収穫を祝ってお供えっていう説もなるほどとうなづける。

私は食べるなら、中国の月餅(「げっぺい」これも本来お月見の時に供える豊穣を願うお菓子)が一番好きだけどね。

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天の川は瓜?

会社にて、七夕の話題が出たときの同僚の一言
「彦星がこの瓜は食べたらあかんて言われてたのに食べてしまったもんで、瓜の中から水がどんどん出てきて天の川になって織姫と別れさせられたんですよ」
瓜?そんな話だったっけ?でも私が知ってるのは天の川を隔てて暮らすことになったというだけで、天の川がなぜできたかなんて考えたこともなかったよ。西洋の話ではよくあるけどね。

そこで検索

七夕 うり 天の川 けんぎゅう

よくある七夕のお話にしかヒットしない。「うり」も「ぞうり」とか「にがうり」「よみうり」なんていう関係ないものにひっかかっている。
でも、七夕のお話でわかりやすくまとめられたページがあった。
にしてつグループのホームページ「にしてつニュース」1999年7月号

うりがひらがなだからダメ?
シンプルに
天の川 瓜

この調べ方が正解みたい。
そして、けっこう瓜から水があふれて天の川になる話が多いという事がわかる。

一番出てきた「松岡正剛の千夜千冊」のお話も面白い西王母と七夕伝承」という本について書かれたものだがこの本が読んでみたくなる。
しかし、同僚の言っていた「食べてはいけない瓜を食べた」という話ではない。
他には「星の神殿」というページの上伊那郡小野村 の七夕のお話。でも主人公がおじいさんというのが気になる。
ある人のブログに「日本昔話で見た」という記憶をもとに「瓜の番を命ぜられたのにのどの渇きに耐えかねて食べてしまったので、その瓜から水があふれてきたという話があった」という事が書いてあった。
やっぱりその話はあるんだ。

さらに
天の川 瓜 食べ
とすると昔話には遠ざかるが、共通の話題にぶつかる。

七夕には口当たりのいい素麺や瓜を食べ・・・
そういえば「」とつく野菜は体を冷やす食べ物だった気がする。夏の暑い時期に瓜という言葉が出てくる事自体意味のある事なのでは?

主旨がかわってきたけどまた検索
瓜 体を冷やす
おぉ一発検索
医食同源のすすめ」の医食同源の極意に書いてある。
胡瓜は熱を下げ、口の渇きを癒す。瓜の仲間はみんなそういう働きがあるはず。
瓜から水があふれ出てというのはこういう事を指しているって事?
夏の祓で瓜を口にするというのにもつながるなぁ・・・

織姫彦星の物語をきっかけに、いいページを見つけさせてもらったよ。
よし、夏はきゅうり、にがうり、きんうり、メロン・・・瓜の仲間を食べまくるぞっっ

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七夕

今日は七夕。伊勢のあるお寺では毎年七夕の日に法要がおこなわれる。
農村の一部では、そこで護摩木をいただいて「虫除け」のまじないにつかうところがある。私の祖父も毎年私をつれてこのお寺に行っていた。

昨年から地元の神社で七夕祭をやっているそうだ。初めて聞いて「神社で七夕?」と不思議に思っていた。私には先のお寺さんのイメージが強いので、真言宗をはじめとした仏教に縁のある行事と思っていたからだ。
たまたま今朝、知り合いの神主さんに聞く機会があった。
「神社と七夕?関係ないですね。でも日本の七夕って何かと融合してましたよね?しちせきでしたっけ・・・何かで読んだのに忘れましたよ」
あぁそうだ。しちせき・・・私も何かで読んだ事がある。何だっけ?

そこで検索。
七夕 しちせき

もともと五節句(端午の節句とかのあれ)の一つである七夕(しちせき)の事らしい。
それをなぜ「たなばた」と言うか。
中国から伝わった牽牛と織女の物語(年に一度七夕の日に会えるってやつ)が日本の棚機女(たなばたつめ)があわさったもののようだ。もともと織女は機織(はたおり)が仕事。古事記にも出てくる水辺で神様の衣を織っている棚機女(たなばたつめ)という巫女さんとかさなっていたようだ。

もともと中国から伝わったときは、芸事の上達を祈って、五色の短冊に和歌や願い事を書いて笹竹に飾ったりしたみたい。
日本では農作物の収穫時期なので神に感謝を捧げる収穫祭だったとか色々いわれがある。豊作を祈り種を撒く「種播祭り(たなばたまつり)」からきているとも。
先祖の霊を祭る前のみそぎの儀式水の祓の時期と重なったりして微妙に日本古来の行事と融合しているみたいだ。

じゃあ仏教との関係は?
七夕 仏教

どれにも、棚機女の話が出てくる。そして日本古来の先祖の霊を祭る話も出てくる。それが旧暦七月十五日の盂蘭盆会としていきているみたいだ。そしてその準備として、水辺で女性がこもって機(はた)を織(お)り、翌朝神様が帰られる時に穢れも出来上がった布と一緒に持っていっていただくという水の祓の行事の説明がでてくる。それが七夕につながったって感じかな?

要するに、あんまり仏教とは深い関係はないみたい。どちらかというと、日本古来の風習と、中国の星の物語がつながった感じかな?

余談かもしれないれけど、本来七夕は七月六日の夜に飾り、七月七日の夜が明ける前、午前一時?に取り込むみたい(水のの祓に関係してる?)。旧暦だと午前一時くらいが牽牛星と織女星がいちばんきれいに見えるとか。今年は8/11が旧暦の七夕。旧暦だと上弦の月が出ているので、天の川を上弦の月の舟に乗って会う織姫さんと彦星さんを想像するのもいいかものれない。

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